自分の中で、何か変わった

おはようございます、70kgのカナキです。
少し太りましたねぇ。おかしいな、今のお仕事受注状況的には、だまっていても減るはずなのに、ん~…

6.20の路上ライブ(秋田駅ぽぽロード)を境に何か変わったというか、芽生えたというか、元来割に楽天的な部分もありつつ、小心者(慎重になる)なところもあるんだけど、開き直った感じがします。今年に入ってから仕事が大幅に増えて、ただひたすら突っ走ってきたし、合わせて音楽活動を7年ぶりに再開したことも、我武者羅になる要素だったかもしれませんね。

音楽に関してはキャリアも長い、ライブも相当数こなしてきた経験上、特に6.20の出来事は大きなことではないと思っていたけど、「コンサートをやります、聴いてください」「是非聴きたいので、コンサートへ来ました」というやる側・聴く側の意識レベルと関係性みたいなこととまるで違う「ナチュラル」な出来事が6.20の路上だと思った。通りを往来する人々にとってその瞬間は「生活の断片」であり、道端で歌っている僕らも「生活の断片」。特に身構える必要もなく、飾ることもなく、中傷することもなく、生の生きている過程に過ぎず、それが自然に思えて、自分のやってきたことが「こんなことだったんだ」とあらためて確認したというか気づいたというか、安心した気がします。デビューだとかCD発売だとかそんなことはどうでもいい、表現することが最優先事項=生きることに思えてきました。
(何かわけわからない文章になってきました)

仕事に関しても1年前と今とでは随分と状況も内容も変わりました。約20年サラリーマンで、脱サラして起業が2006.10月。スタート時は何件かのweb案件があり幸先の良い感じでしたが、翌年夏ごろから仕事がほとんどなかった。営業もやったけど一つとして受注にはつながらなかった。年金がはらえなくなり(免除申請しました、後で納付するよ)いよいよ生活がやばい、写真屋さんにいって顔写真を撮り、ハローワークに深夜の仕事を探しにいきましたよ。そんな感じで1ヶ月ぐらい求職していたころに大阪のクラさんと仲良くなり仕事をもらい始めた。それからは東京のクラさん、千葉のクラさん、大阪の別クラさん、東京の別クラさん..地元の企業さんからも問い合わせがあり、現在に至る。きっかけとなった大阪のクラさんのとき去年の12月でしたけど、納品を終えてピーちゃん(同居していたセキセイインコ)が死んだ。ピーちゃんが私を助けたんだと思いました(今でも思っています)。12月8日、ジョンレノンと同じ命日ですが、翌日から今日まで毎朝お香をたいて手を合わせています。
長文、収集がつかなくなってきた。

今年40になります。厄年だっけ?去年までずっと厄ダった気もするので、それで今年から180°変わったのかもね。
今日は音響です。7:30入りなんでそろそろ準備しなくちゃ、ではでは。

今日の教訓
山あり、谷あり

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